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バンクーバーの中心のバンクーバー美術館の向かいにある、フェアモント・バンクーバー・ホテルのレストランでランチをとったときの写真です。英国的な雰囲気が残るホテルです。サンドイッチの味は中の上。サービスはミス・マープルのような老婦人がウィトレスをしていてすばらしかったです。このホテルのみならず、バンクーバー滞在中、カナダの人々は親切でとても気持ちよく過ごせました。

オリンピック選手村の中の一室です。選手村の建物はパラリンピックが終わり、全日程が終了しますと、ほかの用途に転用されます。バンクーバーの選手村はトリノ・オリンピックの時と同様に一般の人の住宅に転用されます。トリノでは所得階層の中間クラスが対象でしたので、部屋はせまく、設備なども安物で、住み心地が悪い感じでした。バンクーバーは売り出し価格は、8000万円以上が多く、部屋はひろく、設備も豪華でした。したがって住み心地は好評でした。全体的な印象ですが、カナダのほうがイタリアよりも建築技術は上のような気がします。窓のサッシや洗面器具、バスタブなども堅牢です。窓の大きさもイタリアよりも大きいと思います。

選手村の1室から観た、選手村のほかの建物と選手村の外の風景です。各国の選手団はまとまって一つの建物に入ります。日本の選手団はスイスの選手団と同じ建物でした。建物ごとに、各国の旗がベランダなどに掲揚されます。したがってどの建物にどこの国の選手団が入っているのかがわかります。バンクーバーではアメリカは国旗を出さなかったそうです。やはりテロを警戒したからでしょう。オリンピックにも戦争の影はさします。 選手村が建設された場所は、工場や倉庫が立ち並んでいて、産業構造の変化とともにさびれてしまった地区だったようです。通りを2つくらいこえると、バンクーバーではもっとも治安の悪い地区で、選手たちはそちら方向にジョギングをしないように注意されました。

選手団の属さないコーチや選手の家族は、事前に入村許可を選手団を通してもらいます。選手村は二重の関門があります。入村許可をもらった人は許可書とパスポートがあれば第一関門まで入れます。この写真は第一関門の外側です。第二関門を通過するためには、選手村に入村した人の迎えが必要になります。したがって選手たちがいる建物に入るには、非常に手間がかかりますし、事前に第二関門に来てくださいと頼まなければなりません。

選手のための娯楽設備がある建物です。オリンピックが終われば、何に転用されるのかは不明です。コミュニティ・センター的なものに使われるのか、スーパーマーケットに使われるのか。。。

選手村の第一関門と第2関門の間でとった写真です。後方に見えるドームは開会式などが行われたメイン会場です。うしろは運河か川ですが、外洋とつながっています。30年くらい前にバンクーバーに来た人は、イギリス的な街並みと、豊かな自然に囲まれたすばらしい街だと言う人が多いですが、今日のバンクーバーは上海とかシンガポールのように高層ビルが立ち並ぶ、現代都市です。ぼくは無機的な現代都市が苦手で、正直言って、街並みは好きになれませんでした。ヨーロッパの中世都市のように、歴史的な景観をもっと残したほうが魅力的だと思います。

選手たちがくつろぐ娯楽施設のある建物の中です。大きなテレビスクリーンがあり、オリンピックの実況中継などが放送されます。この写真には写っていませんが、左手にはビリヤード台があります。飲み物は選手は飲み放題です。

日本電産サンキョー・スケート部のコーチは3人いますが、選手村に入れるのは定員があって1人だけです。ぼくともう一人のコーチは、カナダ人の家にホームステイしました。この写真は僕たちが食事をしたキッチン兼ダイニングルームです。奥様が日本人でしたので何一つ不自由なく過ごせました。家は豪邸で、リッツカールトン並みの施設でした。日本選手団のなかで、一番豪華な生活を僕たちは満喫できました。

選手たちが海外遠征で困るのが食事です。バンクーバーのみならず、一般的に言ってオリンピックの選手村の食事はおいしくないというのが定評です。美食の都と言われたトリノの選手村の食事も3日すると飽きてしまったというのが多くの日本人選手の感想です。この写真は、選手団を統括する人が寝泊まりする部屋に置かれた日本食です。選手もコーチもここにきて、自分がほしい食品をもらって部屋で食べたり、食堂で食べたりします。女性のアスリートは自分で料理をすることもあります。リッチモンドのスケート試合場の近くには、サポート室が設置され、栄養士の人が日本から来て、日本料理を作りました。カナダの駐在する日本の奥様が手伝いに来られていました。サポート室の食事がおいしいと評判になり、選手やコーチが食べに来ていました。今回のオリンピックでメダルがとれたのも、あのおいしいサポート室の食事のおかげもあったのではないでしょうか。

選手村の食堂の中に置かれたコカコーラー社の自動販売機です。コカコーラー社は公式飲料を提供しています。選手村に入った選手やスタッフはドリンク・キーが渡されます。そのキーがあると、自動販売機から無料で飲み物が飲めます。僕たち選手村に入れない人間は有料ですが、キーをもっている人から飲み物はもらっていました。不思議なものでいくらでも飲めると思うと、あまり欲しくなくなってしまい、ぼくは選手村では1本もドリンクは飲みませんでした。

選手村の食堂です。セルフサービスで、ビュッフェスタイルです。選手村に滞在する人達は無料ですが、外からの訪問者は25カナダドルを支払います。食堂に入るときは入村パス食券をもっていることをチェックされます。選手たちはだいたい国ごとに分かれて食事をしています。

選手村の食堂の野菜や果物の写真です。いくら食べてもよいのですが、味がよく似ていてそれほど食べられません。選手村で一番おいしかった野菜はジャガイモです。甘くて、北海道産の上等のジャガイモに味が似ていました。写真のイチゴはあまりおいしくなかったです。

食事をしている選手団の人達の向こうにマクドナルドの看板が見えます。トリノのときも、今回もマクドナルドとコカコーラーは公式スポンサーでした。マクドナルドも食べ放題です。スケートリンクで選手は食事をしませんので、スポンサーに気遣いをする必要はありませんが、飲料メーカーは要注意です。試合の途中に水分を補給するとき、公式スポンサー以外の飲料メーカー名が入ったドリンクを飲むことはできません。 真ん中の人はどこかの国のコーチと思われますが、胸のマークにご注目ください。アディダスにマークが入っています。各国の選手団のユニフォームに採用してもらうことは衣料メーカーのマーケティングでは非常に重要な問題です。

私は選手村で夕食を2回食べましたが、2回ともステーキを食べました。そのときの写真の1枚です。牛肉とラムが一番おいしかったです。各国料理もビュッフェ・メニューにありましたが、味付けがすべて同じで、あまり評判はよくなかったです。帝国ホテルの料理長が料理を担当した東京オリンピックの選手村の料理がおいしかったというのは伝説になっていると聞きました。日本でオリンピックをするときは、日本に駐在する外国の人に家庭料理をつくってもらうコーナーを食堂に設ければ大好評間違いなしでしょう。

野菜のビュッフェ・メニューです。野菜そのものの味は日本、フランス、イタリアの野菜のほうが上だと思います。またドレッシングの種類が少なく、サラダ類は食べにくかったです。バンクーバーは中華料理のおいしさは世界のトップクラスです。寿司もネタが新鮮で、たいへんおいしいです。選手村の食事にあきた人達は村の外に出て食事をします。トリノとバンクーバーを比較すると、ぼくはイタリア料理が好きなせいか、トリノのほうがおいしかったと思います。ただしこれは完全に個人的な好みによる比較ですからあてになりません。

男子500メートルの試合当日の写真です。後ろの日章旗には日本電産サンキョーの会長、社長、社員のみなさんの寄せ書きが書いてあります。選手がメダルをとったあとのウィニング・ランをします。そのとき、選手が観客席にむかって振る目的で2枚準備されたなかの1枚です。この日章旗は加藤選手に渡されました。

バンクーバー・オリンピックの聖火台の写真です。バンクーバーの街のウォーター・フロントに設置され、観光客で連日満員でした。ロブソン通りというショッピング街も歩けないくらいたいへんな混雑です。トリノのときも同じ現象がおき、トリノの老舗のカフェでは、注文するのも大仕事だった記憶があります。そのことに懲りて、ぼくは大会期間中ダウンタウンには1回行っただけです。

男子500メートル当日、午前中は選手の家族や応援に来た人は申請をすると会場に入り、翌日試合をする選手の練習を見学できます。

日本電産サンキョーの応援団の人達の写真です。長島選手と加藤選手がメダルをとった瞬間、応援団全員が泣きました。涙、涙。生涯忘れることができないひと時です。オリンピックはいいですね。 (メダルがとれなかったトリノでは、地獄の責め苦を味わいましたが・・)

オランダからきたブラスバンドの人達の写真です。スケートの聖地のひとつヘレンベーンでは、必ずこのバンドが会場ですばらしい演奏をして、試合を盛り上げてくれます。オリンピックや、世界距離別など重要な国際試合では海を渡って演奏に来ます。オランダはスケート王国ですから、バンクーバーにもたくさんのオランダの人達が応援に来ました。オレンジ色はオランダ、赤色はカナダで、この2つの色がバンクーバーのスケート会場が埋まりました。スピードスケートに興味をもたれた方はぜひヘレンベーンのワールドカップの試合を観に行かれることをおすすめします。観客の多くがスケートをよく知っていますので、選手たちもすごく盛り上がり、好試合を観ることができます。

バンクーバー・オリンピック期間と中国の旧正月が重なり、さらに華やかなムードにバンクーバーが包まれました。ぼくの後ろにうつっているのは新年を祝う獅子舞です、バンクーバー、とくにスピードスケートの試合があったリッチモンドは中国人が多数民族です。経済的にも富裕層は圧倒的に中国人が占めています。カナダの特徴は人種のモザイク模様だと言われています。それぞれの民族がそのアイデンティティを保持しながら共存しているという意味です。カナダ滞在中に人種的な差別を感じたことは一度もありませんでした。

リッチモンドのスピードスケートの試合会場を裏側からとった写真です。会場の周囲は工事だらけです。スケート会場はオリンピックが終わりますと、ショッピングセンターか、展示会場かに転用されるそうです。したがってスピードスケートの試合はバンクーバーで行われることは当分の間ないでしょう。もしかしたらこれが最後かもしれません。

スピードスケート会場の最寄りの電車の駅です。2両連結の、浜松町から出ているモノレールくらいの大きさの電車です。試合が始まる前と試合のあとは乗客で大混雑しました。ポスターをご覧になるとわかるように、カナダではアイスホッケーの人気がものすごく、ホッケーの選手は、日本でいうとイチローとか、松井秀喜のような国民的な大スターです。ぼくは最後までだれがスーパースターかわかりませんでしたが、カナダ人の興奮ぶりはものすごいです。

バンクーバーにあるスタンレーパークの風景です。とても広くて、美しい公園です。この公園の反対側は高層ビルがそびえたっています。

個人的な感想ですが、バンクーバーの都市計画は失敗したと思います。スタンレーパークのような素晴らしい景観をもっと活かし、緑と美しい水に囲まれた静かな都市を建設すべきだったと思います。おそらくニューヨークのマンハッタンのような都市を目指したのだと思いますが、そのことで都市の個性を殺してしまいました。

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