2010/1/25
対決に勝つためには共感しなければならない
【3:1の法則をビジネスで活用する―組織編(3)】
参考文献:
Barbara L. Fredrickson “Positivity” CROWN
Barbara L. Fredrickson & Marcial F. Losada “ Positive Affect and the Complex Dynamics of Human Flourishing”
Carroll E. Izard “The Psychology of Emotions”
私は2010年2月8日に発売されますプレジデント誌の「職場の心理学」の欄に、「感じの悪い人はなぜ感じが悪いのか」という文章を寄稿しました。その文章を書くために「対決をして、相手を打ち負かしても、相手から「敵ながらあっぱれだ。 もう一度あいつに会いたい」と高い評価を受けた対決型コミュニケーション(プレジデント誌の原稿では、対決という言葉はきつすぎると思い、対立型コミュニケーションとしています)の達人ともいうべき人たちにインタビューしました。
対決型コンテクストがしばしば生じる職業として、債権回収(平たく言えば借金取り)と刑事を選びました。調査の客観性を確保するために、仲良し型コンテクストが主となる職業としてホテルパーソンにもインタビューをしました。インタビューをお願いした債権回収と刑事のトップクラスのプロフェッショナルは、その職業から想像される印象とは程遠く、とても感じのよい人たちばかりでした。
対決型コミュニケーションの達人に共通する特徴の一つは、「相手の目で見て、相手の耳で聞き、相手の心で感じる」能力が高いことです。(注1)つまり共感ができるということです。対決型コンテクストにおいて、一番間違いやすい誤りの一つが、力の差があるとき、相手が自分のいいなりになると思い込むことです。たとえば、借金を取り立てる状況では、借金をしている人間よりも、取り立てるほうが優位な立場に立っていると思い込みがちですが、それはとんでもない誤解です。借金をしている人間が自己破産をしてしまえば、すべての財産は法律の管理下に置かれ、借金を自由に取り立てることができなくなります。相手をとことん追い詰めることなく、借金返済の協力をしてもらえるかが、債権回収のプロの腕の発揮のしどころになります。多重債務者が脅迫的な取り立ての被害を受けている事件がマスコミで報道されますが、こちらは感じの悪い人が徹底的に悪い感じを与えて借金を取り立てる手法です。ほんもののプロたちは、そのような拙劣な方法をとりません。もちろん交渉の過程では、相手に対して厳しいことも言います。また借金をしている人が、最初から借金を踏み倒すつもりである場合もあります。悪意の債務者なのか、善意の債務者なのかは、相手の立場にたってみて初めてわかることです。相手の立場に立って考えることは、必ずしも利他的行動(相手の利益になるように援助すること)と一致しません。
私は共感という言葉を、対決型コンテクストでは、孫子の名言「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」の「敵を知る」に近いと解釈しています。上司が部下に対して厳しい人事考課点を与えたとき、「Aさん(部下)は、日ごろは周囲の人をサポートをしたり、顧客との関係をよくしようと努力していることはわかるが、現在の実力から考えれば今期の成果は物足りないので、厳しい評価点をつけた」とAさんにフィードバックしたときと、「Aさんの成果はまったく話にならない」と一方的なフィードバックをしたときでは、Aさんに与える影響は変わります。相手の立場にたったうえで、厳しいことを言っても、3:1を維持することはできます。仲良し型コンテクストだけでなく、対決型コンテクストにおいても3:1を保つことができなければ、組織は高い成果をあげることはできません。
注1:アドラー「個人心理学講義」p255
共感ができるためには相手と自分とを同一視し、この人ならこの場合どうするだろう、といわば相手の関心に関心を持たなければならない。これは容易なことではないが、このことがアドラー心理学の鍵概念の一つである「共同体感覚(Social Interest)」の基礎となるものである。アドラーは「他の人の目で見て、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じる」とじゃ、共同体感覚の許容しうる定義であると思える、といっている。