2012/7/14「ホメ渡部 ホメる技術7」について(4)


効果的にホメるための法則4について説明しましょう。
法則4: ほめ方は一定の強度ではなく、上下させる

 一本調子でホメられると、気恥ずかしい感じになったり、「それはないだろう」と白けてしまった経験はありませんか。

人間は、自分には弱みがあるとか、人よりも劣っているところがあるとひそかに感じています。そこを鋭く突っ込まれると傷つきます。反対にうまくほめてもらうとうれしいものです。しかし、ただひたすらホメられると、不自然な感じを持ちます。どこもかしこもほめられるほど自分はすごくない、とどこか思っているのが普通です。(裸の王様になった政治家や経営者は別ですが)反対にどこも取り柄がないだめな人間とも思っていません。そのまんざらでもない思いをうまくキャッチしてほめるのが上手なホメ方でしょう。渡部建さんのホメ方を逐語録的に分析したら、ホメ方の強度が変化しているのに気づきました。ときには法則5の「相手の短所またはほめるほどでもないところは、ユーモアをもって指摘すると、ほめられた感動が大きくなる(香辛料をきかす)」を巧みに使って、ホメ方の強弱をつけています。

 大阪人は、その点、実に見事なホメ方をします。作家の司馬遼太郎と富士正晴の対談が本になっています。対談の最高傑作だと思います。司馬遼太郎は押しも押されぬベストセラー作家。それに比べ、富士正晴は、玄人好みの文章の名手ですが、世俗的な野心がなく、澄み切った人生を送った孤高の作家でした。司馬遼太郎は、そんな富士正晴を尊敬していました。対談の冒頭近くだったと思いますが、「あんた貧乏やな」と富士正晴に言っています。実は、これは司馬遼太郎の最高のほめ言葉です。世にへつらうことがなく、見事な作品を送り出す富士正晴の作家魂の素晴らしさを「あんた貧乏やな」の一言で言い表しました。大阪弁はけなし言葉が瞬時にホメ言葉に変わるおもしろさがあります。もし、あの対談で司馬遼太郎が、富士正晴をひたすらホメたら、富士正晴の素晴らしさは伝わらなかったと思います。この手の表現は関西人にはよくわかるのですが、東京の作家に言ったら、果たして喜ばれたかどうか・・。

 司馬遼太郎の別のホメ言葉は「あんた、損な生き方をしてはるな」でした。損得抜きで、自分の生きざまを貫く人が大好きな人でした。司馬遼太郎の代表作「燃えよ剣」の主人公土方歳三も、損な生き方をした人物です。司馬遼太郎はこの小説で土方歳三に最高の賞賛を寄せたのですが、そのホメ方はメリハリに富んでいます。土方の剣の腕、喧嘩の上手さ、そして時代に先駆けた組織づくり。その反面、冷酷非情とも言える組織統制、権謀術数、へたな俳句。決して一本調子なホメ方ではありません。物語の全編を貫くのは時代の流れに逆らって生きる土方への「あんた損な生き方をしてはるな」という司馬遼太郎の暖かい視線です。この暖かい視線が伏線になって、土方の最後の場面、函館五稜郭を取り囲む官軍にむかってたった一人で切り込み、「新撰組副長、土方歳三」として死ぬ感動的な場面へと読者を引っ張っていきます。優れたホメ方が一本調子でないから、「燃えよ剣」はすばらしいといえば、我田引水でしょうか。