2012/2/26
韓国のスピードスケートの強さの秘密(1)
<ばくちの才能は学校教育で育てられない>
2012年1月4日から6日まで、日本スケート連盟の仕事で、韓国のスピードスケートの強さの秘密を発見する目的で、ソウルとカンウォン道に行きました。韓国はバンクーバーオリンピックで、スピードスケートでは3つの金メダルを獲得しました。金メダルを獲得した3人の選手はいずれも、韓国体育大学の全教授の教え子ですから、全教授の指導方法に注目が集まっています。私たちも全教授にお目にかかり、指導方法についてすばらしい話を聴くことができました。しかし、全教授のようなカリスマ性をもった指導者を育てることを目標にしてはいけないと思います。そもそもあのようなすごい指導者を育てる方法があるのかが疑問です。
私が大学生のとき、司馬遼太郎さんの自宅に伺ってお話を聴いたことがあります。司馬さんはそのとき、ナポレオンの例を持ち出して、「軍隊の階級でいえば、佐官クラス(連隊長クラス)までなら、教育できるが、将軍は無理やね。ナポレオンのような将軍となると、ばくちの才能が必要で、ばくちの才能は士官学校では教育できませんな」と言われたことを思い出します。心理学では、ばくちで生活を破たんさせた人の研究論文をよく見かけますが、ばくちで勝つ人の心理状態を調べた研究は多くありません。まして、優秀なばくちうちを育てる教育方法の研究にはお目にかかったことがありません。全教授にも、周囲の反対を押し切って起用した選手が金メダルを獲得した実話があります。「この選手だ!」と感じて、その選手にコーチ生命をかけるのは、ばくちそのものです。スポーツの指導者は、必ずといってもよいほど、全教授が直面したのと同じような決断に迫られます。高校野球の監督は、毎試合ごと、一か八かの勝負をしています。しかし、指導者の賭博の才能に寄りかかるのは危険すぎます。したがって、私は今回の韓国の視察では、全教授のような飛び抜けた指導者を育てる方法の発見をすっぱりとあきらめて、別の韓国の強み発見に集中しました。
韓国のスピードスケートはなぜ強いのか。日本が学ぶべき強みの秘密は、一貫指導体制です。現在の日本の選手育成の悩みの一つが、小学校から社会人までの一貫した選手指導体制がないことです。小学校、中学校、高校、大学まで、クラブチームに所属していた少数の選手を除いては、学校が変われば指導者も変わります。指導者のつながりも韓国ほど強くありませんので、各指導者が自分のやり方で指導します。大学によっては、指導者が実質的には不在のスケート部もありますので、一貫体制どころか、指導が途中でなくなってしまうことさえも起きます。一貫指導体制がないと、選手は、指導者が変わるたびに、練習方法や、スケーティングのスタイルも、新たな指導者に合わせる必要が生まれます。前に習ったことを忘れ、新たなスキルを学習するようなこともしなければなりません。学習の無駄があれば、それだけ選手は回り道をすることになり、オリンピックのメダル獲得には不利になります。学んだことは決して無駄にはならないとよく言われます。長い目で人生をみれば、間違ってはいないのですが、オリンピックで最高の成績を残せる期間は、それほど長くはありません。回り道をしていると、技術的には完成したが、肉体的な全盛期は過ぎているという事態も起こり得ます。選手が回り道をせずに、効率よく、トレーニングをするためには、一貫指導体制の確立が急がれます。
(左から嬬恋高校のスケート部監督 本間章先生、韓国体育大学のチョン教授、松下信武。)