2010/6/22
番外編:子どもたちを指導するときに知っていただきたいメンタル面での留意点-3
<子どものコミュニケーション能力を伸ばす>
スポーツが大好きな子どもたちは大きな夢を持っています。野球のグラウンドで汗を流す子どもたちは、甲子園でプレーをする自分の姿や、大リーグでホームランを打つ場面を夢見ながら球を追いかけているでしょう。スケートのリンクに立つ子どもたちはオリンピックで表彰台に立つ日がくることを願っているでしょう。この原稿を書いているこの瞬間にも、明日の石川瞭を目指してグリーンに立つ子どもがきっといるでしょう。
しかし、夢を実現できる子どもはごくわずかです。スポーツ指導者の勲章は、一人のイチローを育てるのではなく、どれだけたくさんの教え子が幸福な人生を歩めるか、だと思います。(注)それでは、子どもたちが幸福な人生を歩むためには何が必要でしょうか。そしてその必要なものを、スポーツを通してどのように子どもたちがみにつけていけるのでしょうか。
三浦展さんの「下流社会」は衝撃的な本です。日本の社会が上流と下流に二極分解していて、いったん下流の落ち込むと、そこから抜け出すことが極めて難しいという現実を、三浦さんが行った調査データ―をもとに説明しています。三浦さんは、上流と下流の違いを生む原因の一つがコミュニケーション能力であると主張しています。コミュニケーション能力がないと、相手に考えや感情を理解することができません。同時に自分に考えや感情を相手に伝えることが難しくなります。この状態では良好な人間関係をつくることができませんので、社会で活躍することが難しくなり、安い賃金の単純労働の職業に就くしか道がなくなります。コミュニケーション能力が乏しいと共同で働くことができませんので、高学歴であっても、大企業で活躍するとか、弁護士事務所を開いてたくさんのクライアントを持つことが難しいです。現代社会でうつに苦しみ人のなかにも、コミュニケーションが苦手な人がいると言われています。スポーツをしますと、チーム競技は言うまでもありませんが、個人競技でもコミュニケーション能力が磨かれます。
私がメンタルコーチをしているスピードスケートを例にとって説明しましょう。スピードスケートは個人競技ですが、絶えずコーチとの対話は必要です。テレビでスピードスケートの試合をご覧いただくと、 レース前とレース後に、コーチとスケート選手がすべりながら話をしているシーンが映ります。コーチと選手は、どういうレース運びをすればよいのか、今日の氷の状態から考えてどういう滑りをすればよいのか、などの情報交換をします。また選手が落ち込んでいたら、コーチは励ましたり、不安な気持ちを受け止めたりしています。選手同士のコミュニケーションも重要です。レースで滑るのは一人ですが、練習は一人ではできません。短距離の選手が持久力をつけるためには、長距離の選手に頼んで一緒にすべってもらいます。長距離の選手がスピード力をつけたいときには、短距離の選手の協力が必要です。一流選手となれば、お互いがアドバイスをし合うこともあります。おそらくすべての競技でコミュニケーション能力を鍛える機会が豊富にあります。スポーツには、単にお互いが話し合う以上に、人間のコミュニケーション能力を伸ばす働きがあります。そのことについて次回説明をさせていただきます。
注:子どもたちのスポーツ指導者のあり方を考えさせる映画として、サミュエル・L.ジャクソン主演の「コーチ・カーター」をおすすめします。