2011/7/15

こころの病と進化(3)

【組織の多様性のすすめ その3】
参考文献: Bowlby”Attachment” Pimlico

気持ちが落ち込み、死にたくなった経験をした人は多いのではないでしょうか。そのような不安で、悲しく、いらいらしたような、みじめな気持になることを、臨床心理学では抑うつ(depression)という言葉で表わします。抑うつ状態そのものは病気ではなく、失敗をしたり、失恋をすると、だれもがそのような気持ちになります。しかし、抑うつ状態が毎日のように、長い間続きますと、こころの病と診断されます。うつ病はそのようなこころの病の一つです。

うつ病になりやすい人と遺伝子の関係の研究がすすんでいますので、近い将来、うつ病にかかりやすい人の遺伝子が特定される可能性があります。(はっきりこれだとは断言していませんが、その可能性が高いという研究はすでに発表されています)しかし、特定の遺伝子が解明されても、その遺伝子を持っている人が必ずうつ病にかかるとは限らないという事例が数多く見つかると予想されます。反対に、その遺伝子を持たない人のなかから、うつ病にかかる人がたくさん出てくるだろうと、私は予測しています。なぜならば、うつ病などのこころの病の入り口の一つである、抑うつ状態は、人間の進化に極めて必要な働きを持っているからです。あたかも癌を引き起こす原因の一つであるウィルスが、動物の進化に大きな役割を演じてきたように、抑うつ状態は、人間の命を守る働きをしてきたと考えられるからです。そのことに気づいた偉大な研究者がボウルビーだと、私は考えています。

ボウルビーはイギリスのお医者さんです。第2次世界大戦で両親を亡くして孤児となった子どもたちのサポートをしました。そのときの研究から生まれたのが「愛着理論」です。子どもは、親または、親に代わる適切な保護者のもとで育つと、自分以外の人を信頼することができるようになり、その信頼感が人生を通して続き、良好な人間関係を築くための心理的な基礎となるという考えです。愛着理論に関する一連の研究で、ボウルビーたちは、子どもの抑うつ状態に関して重要な発見をしました。この発見について次回に詳しく述べましょう。