2012/12/18「『感じが悪い人』はなぜ感じが悪いのか?」について(4)


 私たちは、日々、だれかとコミュニケーションをとっています。コミュニケーションをとるのは、何らかの意図があるからです。コミュニケーションを取り巻く、社会的なコンテクストが明確であれば、いちいちこちらの意図を明かす必要はありません。たとえば、予約していたホテルのレセプション・デスクにキャリーバッグをもって近づく状況を思い浮かべてください。ホテルの受付の人には、「こんにちは」とか、「こんばんは」とか挨拶をするだけで十分です。わざわざ「宿泊の目的でやってきました」とお断りを入れなくても、感じの悪さを相手に与えることはありません。しかし、単にトイレを使用したいだけで、トイレの場所を聞くときは、その意図を最初に相手に伝えないと、感じが悪くなります。ホテルの受付の人が、あなたがキャリーバッグを持って近づいてきたら、当然宿泊客と思います。ホテルの予約状況などをチェックしてあなたの名前がないと気付いて、「失礼ですが、ご予約をされていますか?」と質問されるのを待って、「一流ホテルというのは、客が何も言わなくても、どういう事をしてもらいたがっているのか、一瞬で察するものだ。私はトイレの場所を聞きに来たのだ。そんなことがわからないのか」と一喝したら、非常に感じが悪いばかりでなく、ヘビークレイマーだと用心されるでしょう。

 ビジネスでは、社会的なコンテクストが複雑で、ホテルの宿泊客とホテルの受付係のようなシンプルなものではありません。それゆえ、コミュニケーションをとるときは、意図を明確にすることを怠ってはいけません。私が若いとき、部下や後輩に指示することの下手なSさんという人がいました。50年近く前の話です。当時、女性は男性の補助的な仕事だけをしていましたが、Sさんは特別、女性に評判が悪かったです。「小林さん、この書類のコピーを20部とってくれる?」とだけいって書類を渡します。当時は、コピー機の性能が悪く、現在と比較にならないくらい時間がかかりました。ほかの仕事で手いっぱいな小林さんですが、怖い先輩の命令ですから、泣く泣く1時間くらいかけてコピーをして持っていきます。「小林さん、この書類は午後の役員会の討議資料なんだよ。だからコピーするだけでなく、表紙をつけて、ホッチキスでとめて持ってこなくちゃだめだ」と雷が落ちます。小林さんは優秀な社員でしたから、「役員会用の書類をコピーしてほしい」ときちんと意図を明確にして伝えれば、表紙もつけて、ホッチキス止めまでしてもってくることができる人でした。

 女子社員のなかにはSさんに仕事を頼まれたら、「何のために、いつまでやればいいのですか?」とあらかじめ質問をする人もいましたが、Sさんは機嫌のよいときはにこにこして、「言われたことをやっていれば大丈夫だから」と言いますし、機嫌が悪い時は、むっとした顔をして、「そんなことをいちいち説明する必要なんかないんだ」と突っぱねるために、女性たちはSさんを敬遠するようになっていきました。今から考えると、Sさん自身、自分の仕事を十分に理解できないため、自分の意図も不明なまま仕事をしていたのではないか、と思われるふしがあります。

 今日の企業でも、意図不明の指示変更、意図不明の会議開催、意図不明の叱責を良く見かけますので、私たちはあまり進歩していないのかもしれません。それはともかく、意図不明なまま、コミュニケーションをとると、感じが悪いと思われるリスクは大きくなります。仕事では、どんな些細なことでも、意図を相手に伝えることを留意していただきたいです。