2009/6/12
モチベーション(16)
モチベーション(16)
【The broaden-and-build theory;遊びの大切さ】
参考文献:Bethany E. Kok, Lahnna I. Catalino and Barbara L. Fredrickson
“The Broadening, Building, Buffering Effects of Positive Emotions”
私は高校2年生のときから、剣道を続けています。かれこれ40年。その間、道場で一度たりとも、「楽しんでやれ!」と言われた記憶がありません。遊び感覚で竹刀を握ったこともありません。剣の道を極め、人間修業を極めることが剣道の目的であって、「遊ぶ」なんてことはとんでもないことなのでしょう。中南米の子どもたちは、サッカーや野球をするときは、まずその楽しさを精いっぱい味わいます。中南米の高校の野球選手が日本に留学にきて、留学先の高校の野球部に入ったところ、たちまち文化摩擦を起こしたという話を聞いたことがあります。中南米の高校生の目には、日本の野球部員たちは苦しそうに野球をしている、と映っていて、その理由がさっぱりわからなかったそうです。水泳の北島選手たちが活躍したおかげで、スポーツは楽しむことが大切だということが、少し広まり始めて、メンタルコーチとしては喜ばしいことと思っています。しかし今でも、日本ではスポーツに限らず、教育やビジネスで「遊び=不真面目」という図式がどっかりと根をおろしています。
「遊び」の大切さを発見し、なぜ大切かを解明するのに大きく貢献したのが、チンパンジーやゴリラの研究者たちです。チンパンジーやゴリラの子どもは、親の周囲で様々な遊びを楽しみます。遊びを通して子どもたちは、危険な動物に襲われたときの身のかわし方や、木登りをして食べ物を手に入れる方法を学んでいます。長期にわたって学ぶためには、「楽しい」という情動が必要です。楽しく、無我夢中になっているから、筋肉に不必要なりきみがなく、しなやかに、すばやく動くことができるようになります。遊びはポジティブな情動と筋肉の動きを結びつける非常に重要な働きをしていると言えます。
オリンピックで、日本選手が外国の選手に比べて、ここ一番で力を発揮できないのは何故か、としばしば質問されます。国際試合にメンタルコーチとしてしばしば参加しますが、外国人にも、本番で力を発揮できない選手がいるので、日本人特有の現象ではありません。本番に弱いというのは民族性の問題ではなく、選手の育成のプロセス、とくにアスリートとコーチ(スポーツ指導者)との関係に、あるのではないかと考えています。ときどき、少年スポーツクラブの練習風景を観ることがあります。どこのスポーツクラブにも、スパルタ式のコーチがいるもので、そのようなコーチにつくと、子どもたちはコーチの怒声に委縮しながらそのスポーツを学ぶ環境におかれ、筋肉運動とネガティブな情動が結びついてしまいます。この結びつきがどんどん強化されると、本番に弱い選手ができあがるのではないでしょうか。欧米では、子どもを指導する人たちは、まず子どもがそのスポーツを楽しめるように、子どもがスポーツを通してセルフ・エフィカシーを高めるように、工夫をします。欧米に比べ、日本は、スポーツだけでなく、学問においても、トレーニングとポジティブな情動を結びつける意識がうすいように思います。
まじめなのだが、思い切ったプレーや発想ができないなどの弊害が生じます。私たちはもっと遊びの機能、遊びに付随するポジティブな情動の効用を知ったほうがよいでしょう。