2013/9/19なぜ高校球児たちは全力疾走するのか
            ~高校野球とベースボール(2)~


 昔から、高校野球で不思議に思っていたことの一つが、「全力疾走」です。セーフかアウトか分からない時に、全力疾走で次のベースに向かって走ることは理解できます。しかし、明らかに間に合わないとか、イニングの交代のときに、野手たちが、なぜ、全力疾走でベンチに帰ってくるのかが理解できませんでした。ご存知のようにプロ野球では、途中まで走って間に合わないとランナーが判断すれば、速度を緩めます。まして、守備を終えた投手や野手が、全力疾走する姿はあまりみかけません。ムダなところでエネルギーを使うよりも、ここぞという時に体力を温存しておくほうが合理的ではないかと思っていました。高校野球の中継でも、アナウンサーが解説者に、「なんであんなに大慌てでベンチまで走って帰ってくるのですか」という質問した放送を観たことも、聴いたこともありません。

 高校野球のメンタルコーチをして、初めてその理由がわかりました。第一の理由は、高校野球がトーナメント試合で、負けたらおしまいという切迫感があることです。少しでもセーフになる可能性があれば、全力で走って、その可能性を拡げる必要があります。

 「それは理解できる。しかし、守備を終えた野手までも、莫大なエネルギーをつかってベンチに駆け込む必要はないだろう」と反論する人もいるでしょう。その反論に対する答が、次の第二の理由です。常に最大の速力で動くという癖をつけるためです。守備においても、一歩の遅れが、エラーにつながり、試合の流れが相手に行くことを監督や選手たちが一番恐れています。たとえエラーをしていても、常に最大のスピードで動く癖をつけておけば、最大スピードが、選手にとっては普通のスピードですから、あわてようがありません。だからエラーをして、焦った動きをして、暴投や判断ミスを誘発するリスクが少なくなります。第2の理由も、第1の理由が絡んでいます。トーナメント試合は、負ければそれでおしまいですから、少しのエラーが命取りになります。それゆえ、常に緊張感をもって、最大スピードで動く癖をつけさせます。

 第3の理由は、「セーフに見える走り方をしておけば、審判がセーフと判定する確率が大きくなる」という現象が高校野球では、プロ野球以上に見られます。ゆっくり走ってくるランナーよりも、全力疾走するランナーのほうが、明らかにセーフに見えやすいです。審判は、ほとんどが高校野球経験者ですから、全力疾走にほうが審判の美意識にかない、セーフに見えやすいという心理が働くのかもしれません。また、審判員の技量の差が、地方大会では大きいというのも一因です。こんなことを書くと、審判員をされている方には失礼だということは重々承知です。地方大会は試合数も多く、審判員デビューをしたばかりの人とか、普段、審判をする機会が少ない人も、審判員に交じって登場します。そうなると、誤審と思われる判定も出てきます。だから、ぎりぎりのプレーでは、セーフかアウトか、どちらに転ぶかはわかりません。ランナーは審判がセーフに見える走り方(全力疾走)をしなければなりませんし、野手は、アウトに見える守り方や投げ方(全力プレー)をしなければなりません。ですから、高校野球では、常に全力疾走のほうが、合理的なのです。