2010/5/13
番外編:子どもたちを指導するときに知っていただきたいメンタル面での留意点-2
<科学的な根拠に基づいてトレーニングを実施すること>
「科学的トレーニングとは、科学的な根拠に基づいて、アスリートが世界で最高の質と量のトレーニングに耐える心身をつくり、最高のパフォーマンスを成し遂げることを目標とするトレーニングである」と私は定義しています。オリンピックでメダルをとるためにはハードトレーニングは必須です。過酷なトレーニングをすれば、肉体だけでなく、こころにも、ものすごい負荷がかかります。重いものを無理して持つと腰を痛めやすくなるように、負荷がかかれば、心身が故障するリスクが大きくなります。日本電産サンキョーのスケート部では、心身の予防策を配慮しつつ、スケーターは厳しいトレーニングを続けています。身体のケアは、整形外科の医師と、トレーナーが担当しています。こころのケアはメンタルコーチである私の担当です。
こころのケアという言葉から、カウンセリングを連想される方が多いと思いますが、私はメンタルコーチとしては、カウンセリングを実施していません。アスリートやコーチが自分の考えや感情を相手に伝えるコミュニケーション能力を向上させることと、監督、コーチ、アスリートの相互の信頼関係とチームワークを向上させることに、私は努力を傾注しています。人間のこころは社会関係が大きく影響していますので、こころの健康を維持向上する組織をつくっていったほうが、こころの故障の予防には効果が高いと判断しています。そのためには、コミュニケーション能力と相互の信頼関係が必須だと考えています。
たとえば、アスリートが練習を休みたいと申し出てきたときです。私が学生のころは、練習を休みたいと先輩に言いたくても言えない雰囲気がありました。練習を休むイコール悪いこととみなされていました。しかし、オリンピックでメダルをとれる可能性があるアスリートは自己管理ができていますので、ちゃんとした理由があって、休みたいと申し出ます。コーチはアスリートの言い分を聴いたうえで、その是非を判断しなければなりません。もしろん、コーチが「練習を休むことは認められない」と言う場合もあります。そのときも、昔の体育会式のやり方は通用せず、アスリートが納得できる理由で、なぜ認められないかを伝えます。このような場面では、アスリートとコーチの両方で、高いコミュニケーション能力が要求されます。日々のコミュニケーションの小さな積み重ねで信頼関係がつくられていきます。アスリートとコーチの信頼関係があると、修羅場をむかえたとき、コーチの声かけがアスリートにプラスの影響を与えます。反対にアスリートがコーチを信頼できないときは、コーチが声をかければかけるほど、アスリートは煩わしく思い、パフォーマンスに悪い影響を与えます。
子どもたちはまだ自分がしっかりできていませんので、青年期を迎えたアスリートとは違って、コーチとの対等な対話をすることは無理がありますし、有害な面もあることを考慮しなければなりません。子どもたちは経験が少なく、判断に偏りがありますので、子ども自身の判断だけに任せることはよくないと思っています。しかし、自分の感情と考えを相手の人格を尊重しつつ伝えるコミュニケーション・スキルを指導者はしっかり教えていただきたいと思います。さらにそのコミュニケーション・スキルの基礎となっている共感すること(相手の立場に立って考えてみること)の大切さを、スポーツを通して子どもたちに身につけてもらいたいです。身体面でも、定期的にスポーツ医学を専門とする医師の診察を受けることを義務付ける必要があります。