2018/5/20

自滅について




 
 スポーツの試合で負けるとき、相手に徹底的にたたかれる負けよりも、自滅してしまうケースが多いように思います。ある野球の指導者から「心理的に自滅はどうして起こるのですか?」という質問を受け、とても面白いテーマと思い、自滅の心理プロセスと、自滅防止法についてまとめてみました。

【自滅とは何か】
 自滅と自殺は違います。自殺を、自分の意思で、自分を殺すという行為ですが、自滅は勝とうという意図を強く持ちながら、負ける行為です。「そういうことをするなんて、自殺行為じゃないか」と、エラーをした選手を叱る指導者もいますが、論理的にはおかしいです。負けようとしてエラーをしたり、打つべき時に、凡打してやろうと思う選手はいません。つまり、意図が2つの行為では、正反対です。この違いはスポーツの指導者にとって非常に重要だと思っています。自滅は、良い意図をもってなされた行為ですから、意図そのものを責めるわけにはいきません。Everyone is reasonableであって、自滅に導いたプレーには、選手にとってそれなりの正しいと思った判断があったはずです。その判断をした理由を、指導者が理解しないと、自滅対策がとれなくなります。

自殺と自滅の対比

野球における自滅を考えるとき、①自滅に導くプレーをした選手なりの正当と信じている理由を分析する ②自滅に至るプロセスを明らかにする、の2点を指導者は抑える必要があります。

【自滅にはきっかけがある】
 自滅を引き起こすきっかけになるものとして、①フォアボール ②デッドボール ③エラー ④サインを見逃す ⑤ダブルプレー崩れ ⑥ここぞというときに打てない、の6つが主なものではないでしょうか。

 きっかけになるものがいずれも、選手たちに嫌な気持ちにさせることで共通しています。選手たちは、これらのプレーによって、流れが相手チームにいってしまうことを、経験上知っています。流れを相手チームにいく前兆のようなことが起きると、不安になったり、大事な試合ではパニックに陥り、どんどん自滅の方向へと向かいます。つまり、自滅は、流れを変えるきっかけのプレーが、選手たちに不安を引きおこし、プレーに狂いが生じ、それがさらに不安を引き起こすという心理的悪循環であると言えます。


 その悪循環を、選手たちがグラウンドで、自力で断ち切れるようにすることが、メンタル面での重要な課題になります。どうすれば悪循環を断ち切れるのでしょうか?全体の流れで説明しますと、①と②は、野球をやっている限り起きてしまいます。したがって悪循環を断ち切るのは③です。③を乗り切るためのキーワードは準備です。
ここではフォアボールを例にあげて、説明します。

【フォアボールから起きる悪循環を断ち切る方法】
 フォアボールを出したときに、まず嫌な気分になるのは投手と捕手です。投手はフォアボールを連続して出してしまうのではないかと不安になります。連続フォアボールで自滅した経験を持たない投手は少ないと思います。捕手も、連続フォアボールはまずいと思い、何とかしようと思います。投手と捕手に共通した心理の盲点は、フォアボールを出したくないという思いが強すぎて、相手打者を打ち取ることが二の次になっていることです。「なんとかしよう」という意図はよいけれど、「相手打者を打ち取ることを第一に考えない」という間違った方法をとってしまっているのです。

 その結果、ストライクを狙いすぎて腕に余分な力が入り傷口を広げたり、ボールを置きに行くというプレーをし、痛打されます。またはけん制することを忘れる、あるいは責任のがれの、形だけのけん制をするなどの、自滅につながるプレーが出てきます。形だけのけん制をくり返すと、野手の守備のリズムを崩しますので、エラーを引き起こす原因をつくります。

 内野手も、なんとかしなければいけないと思い、投球カウントを無視して、ダブルプレーねらいの守備位置をとったり、あるいは、不安のあまり、深く守りすぎたりなど、間違った対処方法をとろうとします。外野手も、自分勝手に守備位置を変えると責任問題が発生するので、無難な守備位置をとったり、気持ちに余裕がなくなり、ベンチのサインを見落としたり、バックアップを忘れたりします。野手は、瀬谷高校の平野監督の持論である、「確率の高いセオリーで守り、反セオリーも予測しておく」ということができれば、悪循環は断ち切れます。そのためにはセオリーを頭と体に叩き込んでおく必要があります。

 メンタルコーチとしては、投手と捕手に、練習試合で、比較的浅い回に、先頭打者にわざとフォアボールを出して、チームとしてどう対処すれば、うまくピンチを切るぬけられるのかを経験して、いくつかの対処方法をチームで共有することを勧めています。

 または、チーム内の紅白試合で、初回からタイブレーク制で試合をさせ、負けたほうがグラウンド10周させるなど、罰でプレッシャーをかける。9月の新チーム発足のときは、AチームとBチームのメンバー入れ替え紅白試合を、初回からのタイブレーク制の試合をやらせるなど、いろんな工夫が可能です

 要するに、流れが変わるかもしれないピンチ、あるいはチャンスの経験をつみかさねて、そういう状況になったとき、複数の対処方法を自分のものにしておけば、パニックに陥ることはありません。

 投手がフォアボールを出すと、嫌なムードがチームに生まれます。嫌なムードは選手たちの経験からきているので、打ち消すことができません。しかし、対処方法を身に着け、正しい準備を念入りにして、悪循環が断ち切れるという経験を積み重ねれば、過去の失敗体験の記憶が薄らぎ、嫌なムードも生じなくなります。仮に嫌なムードが漂ったときに、チームのムードを明るく変えるムードメーカーをチーム内で作っておけば、さらに悪循環を防止できます。

 自滅を防ぐベストの方法は、対処方法をたくさん準備することです。自滅しそうな状況のもとで、練習をして、そのような経験から、対処方法をチームで共有していただきたいと願っています。