2010/3/17

番外編:バンクーバー五輪にみた”3:1の法則(2)

 オリンピックからのプレッシャーを自ら作り出しつつ、その重圧に苦しむ状況にあって、なんとか元気に切り抜けられるもっともよい方法の一つが、バーバラ・フレドリクソンが提唱する「3:1の法則」を実践することだと実感できました。

 メンタルコーチとして絶対にしてはならないことは、「勝ったのは自分のメンタル・コーチングがよかったからだ」と思いこんだり、吹聴することです。最大の理由はその考えが間違っているからです。試合で勝利を収めたり、目標を達成したとき、その勝因は非常にたくさんあって、どれが決定的な原因であると特定できません。たとえば選手がよく頑張ったからという理由はあまりあてになりません。なぜならオリンピックで目標を達成できなかった選手も一所懸命さでは、勝利を収めた選手と変わらないからです。まして人間の心理は複雑ですから、成果とメンタル的な原因を直接結びつけることは極めて困難です。そのことを十分に理解したうえ、メンタルコーチは、過去のスポーツ心理学の研究成果をもとに、「こういうことをすれば選手はオリンピックで高い成果をあげることができるだろう」という仮説をもって仕事を進めていきます。

 今回のバンクーバー・オリンピックでは、高いセルフ・エフィカシー(自己効力感)をもち、前向きで行動を促進する情動(ポジティブ情動)と行動を抑制する情動(ネガティブ情動)を3:1でもつとき、チームも個人も最も高い成果をあげることができるという仮説をもとにメンタルコーチとしての仕事を推し進めました。しかしその仮説が正しかったかどうかを検証するにはデータ―が不足しています。またメンタル的な要因がどの程度勝利に貢献していたかも不明です。そのような現実があるにもかかわらず、「メダルが取れたのは私のせいだ」と主張したとしたら、研究者として、ビジネスパーソンとしての倫理に反することになります。

 ただし、一個人として非常に大きなプレッシャーを感じながら(そのほとんどは私自身がつくりだしたものですが)、大きな病気にもかからず、会社の業務も大きな支障もなくやり遂げられたのは、3:1の法則を意識して、思考と行動をコントロールしたからではないだろうかと感じています。日本電産サンキョー・スケート部からは4人の選手がオリンピックに出場しました。彼らの日ごろの努力、アスリートとしての能力を心から信頼しています。この信頼はオリンピックの試合前にも、試合が終わったあとの現在でも揺るがないものです(ポジティブ 1)。またチームを率いた今村監督や、高村コーチ、小澤コーチの能力や人格に対する信頼も揺るぎがありません(ポジティブ 2)バンクーバー・オリンピックに向けてのチームの戦略も非常に納得がいくものでした(ポジティブ 3)。反面、オリンピックでメダルがとれないかもしれないという不安を感じ続け、それに対処する方法を考え続けました(ネガティブ 1)。その結果、チームの一員として元気に働き続けたという手ごたえは感じています。私は、これからの人生でも3:1の法則を守り続けようと決心しています。

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