2016/6/4
なぜ人は慌てるのか
~チャンクについて~
スポーツとビジネスで共通する、困った心理現象の一つが、「あわてること」です。「あわてるな!」と声をかけてもほとんど効果はありません。逃げる泥棒に「待て!」と声をかけるのとよく似ています。声をかける方も、どう声かけしてよいのかわからないので、内心はあわてていて、とりあえず何か言わないと、気が落ち着かないと感じて、声をかけるのだと思います。
エプスタイン の『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?」(早川書房)はとても面白い本です。この本の中に、優秀なスポーツ選手は予測する能力が優れているという研究事例が紹介されています。例えば、野球で優秀な打者は、球が相手投手の手を離れようとする瞬間に、投手の手首、肘、肩などの動きを見て、球種やコース、高低を無意識に近い形で予測して、その方向にバットを振りだすということが書かれています。日本でも同様の研究があり(今井むつみ・野島久雄(2003)『人が学ぶということ』北樹出版)、打者は球をよく見ているのではなく、球がくるコースを予測して振っているとされています。予測するためには様々な情報が必要で、予測に必要な一かたまりの情報をチャンクと言います。あわてる人は、このチャンク形成が不十分だと思われます。
スポーツでも、ビジネスでも、予測に有効な情報を集めてチャンクを形成しておくことが望ましいでしょう。実戦を通して、より有効なチャンクの形成の仕方を習得し、予測能力を高めない限り、「あわてる」という心理現象は減らないと思います。野球の打者のチャンクは、相手投手の動きだけでは不十分で、アウトカウント、ボールカウント、相手バッテリーの配球の癖、相手投手の得意な球、相手チームの監督の戦術傾向など、様々な情報から成り立っています。それゆえ、どんな情報が有効で、どんな情報が無効かを見極めるためには、たくさんの実戦経験が必要です。作家の山本七平は、フィリピンでの戦争体験を書き残していますが、その中で、実戦経験を積み重ねた古参兵士は、敵弾がどこに飛んでくるのかを予測できるので、戦場で落ち着いて行動できたという記述があります。これもチャンクの好例でしょう。
ビジネスにおいても同様で、リスクもチャンスも予測能力が高いほど、ビジネスパーソンはあわてず行動できます。ビジネスパーソンで留意しなければいけないことは、インターネットや本に掲載された情報や、人から聞いただけの受け売り情報そのものは、有効でないということです。かならず、どのような情報に対しても、自分で考え、自分で確認し、実践の検証を経て、有効なチャンクとなります。「生兵法は怪我のもと」という格言も、人から借りてきたチャンクは、修羅場では役に立たないということを私たちに伝えているのだと思います。