2009/1/20

モチベーション(8)

ポジティブな情動とネガティブな情動という観点で情動を分類すると


ポジティブな情動:  促進情動と中立情動
ネガティブな情動:  攻撃情動 抑制または回避情動


というように分けられると考えます。ここで心理学の歴史を振り返りますと不思議な事実が浮かび上がります。ネガティブな情動の研究は多いが、ポジティブな情動の研究は最近始まったばかりであるということです。たとえば「怒りの抑制方法」に関する文献は数多く発表されています。しかし「静かな安心感」の研究は意外なくらいされていません。「静かな安心感」は多くの人にとって好ましい情動または感情です。しかしその情動がわたしたちにとってどのように役立っているのか?質問されたら、答えに詰まってしまう人は多いのではないでしょうか?ネガティブな情動は、生物学の視点に立てば、生存に必要な情動であると説明することが容易です。怒りは、敵対するものを撃退するために必要な情動です。嫌悪は自分の身体に合わないものを吐き出したり、遠ざけるためには有効です。しかし、リゾートの美しい海を眺めながら、静かに、やすらいでいるときの情動は、私たちにどんな役に立っているのでしょうか。疲れを癒して明日の活力を養っているために必要な情動だ、と考える人もいるでしょう。それでは自分の趣味に打ち込んでいる人のわくわくした情動は、疲れを癒して明日の活力を養っていないのでしょうか?ポジティブな情動がどんな役に立っているのかを説明することは意外なくらい難しいのです。


 ポジティブな情動についてきちんと研究しようとしているのがポジティブ心理学です。ポジティブ心理学は、ポジティブな情動を持ちなさいとすすめる自己啓発的なポピュラー心理学(心理学の専門外の人たちを対象とするわかりやすい啓蒙的な心理学)と違って、仮説と実験による検証に基づいて、科学的にポジティブな情動を研究を目指している学問です。したがってネガティブな情動の効用もきちんと認めています。


 ポジティブ心理学で注目すべき研究者はBarabara L.Fredrichsonです。彼女はポジティブな情動について、The broaden-and-build theoryを提唱しています。(注)たとえば、リゾート地で、のんびり、安らいでいるときの情動はどんな役に立っているのでしょうか?リゾート地でのんびり過ごしているとき、何も仕事はしていないのですが、こころは活発に動いて、いろんなことを考えています。そのとき、普段の仕事場では思いつかないような考えが浮かんだことはないでしょうか。また日ごろ悩んでいることが、まったく違い視点で見えてきて、思いがけないような解決策を思いつくことはありませんか。静かでやすらかで、幸福な情動は、人間の視点を広げる働きがあることが、ポジティブ心理学の研究者たちによって次々と証明されています。Broadenは日本語で「広げる」という意味ですが、バーバラの提唱している理論では、ポジティブな情動は私たちの思考や行動の枠を広げる働きを持っているという意味でBroadenという言葉が使われています。次回は彼女の理論をもう少し詳しく考察してみましょう。


参考文献:Bethany E. Kok, Lahnna I. Catalino and Barbara L. Fredrickson
“The Broadening, Building, Buffering Effects of Positive Emotions”