2012/8/16ロンドン・オリンピックをメンタルコーチの視点から考える(1)
8月13日(月曜)ロンドン・オリンピックは閉会式を迎えました。日ごろはスピードスケートと高校野球以外の競技を観る機会がないので、とても興味深く観戦できました。
メンタル的に一番勉強になったのは、ジャマイカのボルト選手です。アスリートとして理想のメンタル状態です。あれだけのセルフ・エフィカシー(自己効力感:ある条件のもとで、目標を達成したり、最高の力を発揮できると、心から思える心の状態)を、築き上げることができれば、文字通り無敵だと思いました。セルフ・エフィカシーは主観的な心理状態ですが、単なる思い込みではだめで、裏付けが必要です。ボルト選手の場合は、肉体的強さ、走るスキル、スタートスキルなどが他の選手を圧倒しているうえに、過去の実績もすばらしいですから、セルフ・エフィカシーを持つための裏付けがしっかりあります。セルフ・エフィカシーを持てて当たり前なのですが、オリンピックの現場では、勝敗の行方はそう簡単にはきまりません。マラソンではウガンダのキブロティッチが、金メダルを獲得したように、突然、力を発揮する選手が登場します。マラソンで輝かしい戦績を残した瀬古俊彦さんのお話を伺った時、「オリンピックは天才の集まりだ」と言われました。世界の隅々から、天才的な選手が集まってくるのですから、ふたを開けてみないとわからない、というのが実情です。まして100メートルは、カンマ何秒の差で決まる競技ですから、ボルトと言えども、気持をコントロールすることは簡単ではなかったはずです。なぜボルトはすべての試合に完璧に近いまで、競技に集中し、自分の力を発揮できたのでしょうか?
ここからは私の推測です。ツァイガルニック効果(Zeigarnik effect)をご存知の方は多いと思います。「人は完全に成し遂げたことよりも、成し遂げられていないたことのほうをよく記憶している」という心の現象をツァイガルニック効果と呼びます。発見者はツァイガルニックの心理学の先生だったクルト・レヴィンです。レヴィンはレストランでとても興味深い現象を発見しました。レストランで働くウェイターは、お客さんが食事代を払い終えるまでは、お客さんがどんな料理を注文したのかを覚えているのですが、勘定を済ませると忘れてしまうことに気がつきました。この発見を実験で確かめたのが、ツァイガルニックです。スポーツにこの考え方を適用すれば、「練習を十分にしなかったり、私生活が乱れていると、その記憶が長く残り、試合に際して集中力を妨げたり、やセルフ・エフィカシーを低下させる」と考えられます。長期記憶と短期記憶の問題を据え置いた仮説ですので、妥当性は不十分かもしれませんが、現場感覚からすれば、それほど大きな間違いはないと思います。ボルトは、オリンピックに備えて、やるべきことを完全にやりとげて試合に臨んだのではないでしょうか?負けた選手の中にはボルトを同じように完全にやり遂げて試合の臨んだ選手もいたはずです。自己ベストを出した選手は完全にやりとげてオリンピックに出場したと判断してよいでしょう。ベストの力を発揮できなかった選手は、次のオリンピックにむけて、まず、「自分はオリンピック前に、やるべきことをすべてやりきっただろうか」を自省することをアドバイスしたいです。
「やるべきことをやりきったか。どうか」を評価するためには、厳しいコーチの目が必要です。自己評価ではどうしても甘くなります。過去、名コーチから独立してトレーニングをした選手で、よい結果を残した選手が少ないのは、「やるべきことをやりきった」ことへの詰めの甘さがでたからだと思います。選手がコーチを変える権利はありますが、そのときの基準として①これまでのコーチよりも厳しいコーチを選ぶ ②これまでのコーチよりも、科学的、論理的に考えることのコーチを選ぶ、の2点は選択の必須条件と考えています。