2011/6/17
こころの病と進化(2)
【組織の多様性のすすめ その2】
参考文献:
Szabolcs Keri“Solitary Minds and Social Capital: Latent Inhibition, General Intellectual Functions and Social Network SizePredict Creative Achievements”
Barbara Isanski Mad Genius: Study Suggests Link Between Psychosis and Creativity
以前にもご紹介したハンガリーの心理学者Keriは、Neuregulin 1(ニューレグリン1)という遺伝子の変形したものが、統合失調症や双極性うつ病の原因になっているとする研究論文を発表しました。たいへん新しい研究ですので、その研究の通りに研究をして同じ結果がえられるかどうかを確かめる、いわゆる科学的再現性に関する論文を目にしていません。現段階では仮説だと考えたほうがよいでしょう。しかし、とても興味深い研究論文です。
Neuregulin 1は、本来の働きは、ニューロン間の情報のやり取りを、盛んにしたり、強化する働きをしていますが、この遺伝子が変形したタイプが、こころの病を引き起こしています。ニューロン間の情報のやり取りをするのであれば、あるニューロンが発信している情報と、別のニューロンが発信している情報を結びつける可能性があります。そういう機能が活発な人は、普通の人間が思いつかないような情報を組み合わせて、斬新なアイディアを生み出せるのかもしれません。しかし、ある限界を超えて、連想の働きが強まれば、創造的とはいえず、幻覚とか、混乱状態に陥るかもしれません。天才は境界ぎりぎりで仕事をしている人たちであり、境界を越えてしまった人は、統合失調症や双極性うつ病と診断されるのでしょう。
DSM-Ⅳ(こころの病の診断の手引き)に、統合失調症の症例が書かれています。そのなかに「1つ、またはそれ以上の妄想、または頻繁に起こる幻聴にとらわれていること」という項目があります。小説も、作家の一種の妄想のようなものだと言えないこともありません。その妄想のようなものが、多くの人間のこころの奥底でつながっていると芸術になりますが、つながっていないと、ただの妄想に終わると考えられないでしょうか。この芸術の不思議さを、河合隼雄先生は講義のなかで、「極めて個別的でありながら、極めて普遍性をもつ」という言葉で表現された記憶があります。
創造性は、過酷な環境のなかで、人類が生き延びるために大きな役割を演じてきました。創造性には、多様な情報を結びつける働きが必須で、そのためにNeuregulin 1遺伝子をもつヒトの集団が地球上に増えたのではないでしょうか。当然ながら、遺伝子の損傷や、複製プロセスのエラーで、Neuregulin 1の変形した遺伝子も残り、それが天才と生んだり、こころの病で苦しむ人を生んだのかもしれません。統合失調症や双極性うつ病も、人類が進化のために必要な働きをしている可能性があります。